第一章 『天使と吟遊詩人』

インフォスの青い宝石と謳われるリメールの海は、その呼び名のとおり穏やかな春の日差しを反射してきらきらと輝いていた。
「ここがインフォスかぁ」
シャナはそのすぐ上を、風を切るようにして飛んでいた。水面に手を伸ばして水の冷たさに驚いてみたり、水中の魚と目が合ってじっと見つめあってみたりと、好奇心が尽きない様子であちこちをきょろきょろと見回している。
しばらくあたりを飛び回って、疲れたのかふわり、と空中に静止した。
「シャナ様って、地上界に来るのは初めてなんですかぁ?」
ひょこり、とシャナの右肩から顔を出したのは、ペンギンの着ぐるみを来た妖精の少女、フロリンダだ。
「うん!アカデミアである程度は勉強したけど、見るものぜーんぶ珍しいよ!」
「そうなんですか?私達も来るのは初めてなんですよっ!」
フロリンダの反対側、シャナの左肩に座ってそう言うのは薄桃色の髪に猫の耳を生やした妖精、シェリーである。
大天使ガブリエルの話を聞いた後すぐに、『僕達が守護する地上界を見てくる』とのたまったシャナだったが、『何馬鹿なこと言っているんですか。まずはインフォスの異変の資料に目を通しなさい。地上界に行くのはその後です』とあっさりシオンに反対されてしまった。しかし、それであきらめるシャナでもなく、補佐妖精のシェリーとフロリンダの二人を連れ、こっそりとインフォスに来ていたのだった。
「ねえ、地上界にはキセツ……ってのがあるんでしょ?」
「キセツ……、ああ、季節ですね?」
シャナの問いにシェリーが答え、そんなシェリーにシャナは口を尖らせて言う。
「天界は常春の世界だから、つまんなくってさ」
「つまらない……ですか?ずっと暖かくていいと思いますけど」
「変化がないってつまらないよ」
そう吐き捨てるように言うシャナは、先ほどまで好奇心で輝いていた瞳が曇り、無表情になる。
だが、すぐに明るく微笑むと、
「あ、そーだ。さっきのシオンに言ったら、あなたの頭の方が常春でしょう、なーんて言われるかもね」
「わー今のシオン様のマネ、すっごく似てましたよぉ〜」
腰に手を当て、呆れたような顔をしてシオンの真似をするシャナに、フロリンダはぺちぺちとペンギンの羽をあわせて拍手した。
「それにしても……大丈夫なんですか?勝手に地上界に下りてきちゃって……」
「んー、平気平気!適当に誤魔化しておくから!」
あっけらかんと言ったシャナに、
「(いいのかなぁ、それで……)」
と少し不安になるシェリーだったが、その予感は的中することとなる。

一方天界のベテル宮では、
「ふふふ……シャナ達ったらもう、どこにいったんでしょうねぇ?」
「うふふ……そうですねぇ、シェリーもフロリンダも、いつまでたっても帰ってきませんねぇ?」
「(シオン様とローザ、キャラが変わってる……。三人とも、早く帰ってきて!)」
とまあ、シオンとローザが器用にも笑いながら静かな怒りを爆発させていて、リリィはそんな二人の間に挟まれ、生きた心地がしない、とげんなりしていた。もはや適当に誤魔化すことはまず不可能だろう。

そんなことは露知らず、シャナはのほほんと空中の散歩を満喫していた。
「あ、今度は街のほうに行ってみよう!」
シャナが次に向かおうと決めたのは、インフォスの北部にある、平原に覆われた緑豊かな国、カノーアだった。

補佐妖精は4人全員です。
シオンの補佐をローザとリリィが、シャナの補佐をシェリーとフロリンダが担当してます。